ふるさと物語 140『別録 よみがえる遺跡5-箱清水遺跡(南日詰)-』

「ふるさと物語」【140】〈昭和51年3月10日発行「広報しわ」(第248)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。また、 掲載記事の無断転載を固く禁じます。

『別録 よみがえる遺跡5-箱清水遺跡(南日詰)-』

ここで箱清水遺跡というのは、南日詰の赤石小学校周辺から五郎沼にかけての微高地上にある遺跡のことです。この遺跡の発掘調査は、すでに四回にわたって行なわれていますが、その結果、『吾妻鏡(あずまかがみ)』という鎌倉時代の書物にのっている「樋爪(ひづめ)舘」は、ここにあったことがほぼはっきりいたしました。そのため、昨年の三月には、この遺跡が一応「樋爪舘跡」として町の文化財(史蹟)に指定されたのです。
ところが、この調査の過程において、性格の不明な溝状の遺構が発見されたのです。これは、上幅、深さともに八〇cmほどのU字状の溝で、それが赤石小学校の校庭を東西約五七Mにわたって走っていることがわかりました。そこで、その断面を検討しましたところ、導水用または排水用の溝とは認められませんでした。それでは、いったいなになのでしょうか。
そこで、この溝状遺構の性格を究明するために、 昨年と昨年の二度にわたって発掘調査を実施いたしました。以下はその報告ということになります。
まず、一昨年の調査では、この溝状遺構が赤石小学校の校庭からさらに東にのびていることが確認されました。また、いろいろと検討した結果、この遺構は、柵(さく)を作る場合に丸太を密着させて立てた跡ではないかと想定されるにいたったのです。とすると、この遺構は、さらに東のどこかで北か南に曲っている可能性が強くなってくるのです。
そこで、昨年には、これを確めることに重点を置いて発掘調査を行ないましたが、その結果、この遺構は箱崎雄一さんの屋敷の中までのびて、途中から南へ曲っていることが確認されたのです。また、その曲り角の部分から、ヤグラの跡ではないかと思われる柱穴も発見されました。そして、さらに調査を進めたところ、溝状遺構の底部から丸太を立てた痕跡も発見されました。このことから、今までなぞであったこの遺構は、実は丸太を並べて立てた柵列の跡であることがはっきりしてきたのです。ただし、いわれるように志波城のものかどうかについては、まだ断定できる段階ではありません。

---佐藤 正雄(故人)---

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