ふるさと物語 86 『神道関係の屋号と地名』屋号や地名の話(5)

「ふるさと物語」【86】〈昭和46年9月10日発行「広報しわ」(第194)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。

『神道関係の屋号と地名』 屋号や地名の話(5)

神社の奉仕者に由来する屋敷や地名として、別当とネギ屋敷があります。別当の呼称は多方面にわたって使用されましたが、ここでは神社の司祭者というほどに考えてよいのでしょう。
また、ネギ(禰宜)は神官の職名の一つです。
有名な神を勧請して新しく神社を建てた場合、それを新山とか若宮とか呼びました。土舘の新山や上平沢の若宮は、それに由来するものと考えられます。
神田・祭田・宮田・月の輪などは神饌(せん)田や社領と関連して生じたものです。月の輪というのは、水田の中に日輪と月輪の形の島をつくり、その周囲に神饌用の稲を植えたことからその名がおこったといわれています。
神名に由来するものとしては、八幡・宇南・法領・大明神・権現堂・権現森・天王・弁天堤・歳の神などがみられます。
宇南明神と法領権現は共に農業の神とされ、歳の神は通行人を災難から守る神とされています。天王は牛頭天王の略です。

交通関係の屋号と地名
交通と関係のあるものには、郡山駅・越場・渡・繋・追分・一里坂・塚・塚の根などあります。
郡山駅は、昔の宿場の名ごりです。日詰と上町と下町に馬継所があって、十日交代で業務を行いました。郡山はその総称でしたが、日詰だけその名が残りました。
昔、小川を渡る場合には、浅瀬にいくつかの大石をすえて、その上をはねて渡るのが普通でした。
そのような場所を越場とか渡とかいいます。下松本の上渡(あがと)も、江戸時代の文書では上渡り(かみわたり)となっています。この渡場は道路と道路をつなぐ場所でもあるので、繋と呼ばれる場合もあります。
追分というのは、道路の行先を示した標識のことです。石の庚申塔か青面金剛塔に、右は何道、左は何道と表示するのが普通の形式です。
庚申と青面金剛は共に道案内の神であるという信仰から発したものです。
一里の屋号や一里坂の地名は、ここに一里坂があったころから生じました。塚とか塚の根といっている所もあります。
−−−佐藤 正雄(故人)−−−

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