ふるさと物語 90 『修験道の宗教活動』修験道物語(3)

「ふるさと物語」【90】〈昭和47年1月10日発行「広報しわ」(第198)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。

『修験道の宗教活動』 修験道物語(3)

修験の宗教活動の中心は、加持祈祷にあったことはいうまでもありませんが、その内容は、天下泰平・国家安全・武運長久・五穀豊穣・無病息災・家内安全・商売繁盛・海上安全・大漁成就などきわめて多様でした。
加持祈祷に当たっては、湯立(ゆだて)や護摩(ごま)の修法が行われました。湯立の法には諸流がありましたが、紫波地方の場合には、大きな釜にわかした湯を幣とササの葉でかき回しながら四方の神々を招きよせるという方法がとられました。また護摩というのは、殿堂の正面に不動尊を安置してその前に火炉と壇を設け、乳木(乳汁の多いクワなどの生木)をたきながら仏に祈る方法であります。
農業生産と関係した祈祷としては、五穀豊穣祈願の外に雨乞の祈祷も広く行われました。滝名川水域の場合には、大滝とか潟大明神・麗水大明神・平清水大明神のように水神がすむと信じられている場所に出向いて行なうのが普通でしたが、二日三夜を単位としてなんどもくり返している間に自然と降雨をみることもありました。なお、五穀豊穣祈願の一形態として、志和稲荷別当成就院では、正月十五日に「田植え」の行事を行なっていました。これは、村内の子供たちを対象として行なわれるもので、神前に豊代草(ワラ・ムギカラ・マメカラなど)を植え立てて「神お田はいざ長雨なく日でりなく、穂々虫もなくみのる秋かな」とか「いつくさやとくさの種のすえ葉まで、ただおん神のめぐみなりけり」と歌う行事でもあり、別当の前庭でも同様に行なった後、村々の家々を回る習慣でした。
この外、特殊なものとしては、取子(とりこ)に対する祈祷がありました。取子というのは、病弱者や虚弱者を修験者に託して神仏の子として取り上げてもらうことであり、その際、修験者は、神仏に代わって取子名をつけ、その者の無病息災を祈祷しました。これに対して、取子となった者は、一定の期間(普通は三年)お礼参りをするしきたりでした。
−−−佐藤 正雄(故人)−−−

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