ふるさと物語 143『産業を振興する人々-佐々木久四郎-』 近代人物脈(22)

「ふるさと物語」【143】〈昭和51年6月10日発行「広報しわ」(第250)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。また、 掲載記事の無断転載を固く禁じます。

『産業を振興する人々 -佐々木久四郎-』 近代人物脈 (22)

佐々木久四郎は、地方自治や民生のためにも積極的に寄与されましたが、特に、畜産振興の面で大きな足跡を残されました。
その久四郎は、明治二十六年一月、勇吉の長男として長岡村大字草刈の高入堂家に生まれました。
同家は、祖父駒吉の時から、農業と兼ねて家畜商(ばくろう)を家業としてきましたが、彼もまた紫波高等小学校を卒業すると間もなくその道にはいりました。そして、県内はもとより北海道方面にまでも足をのばして取引に従事しましたが、それとともに、自らも競走馬や軍用場の育成に当たってすぐれた実績(競馬では二度優勝)をあげられました。
ところで、明治・大正ごろの家畜商のなかには、人間的に問題のある者が少なくなく、そのためばくろうといえばごろつきか不法者の類とみられがちで、これが家畜商全体の信用にも影響をおよぼす状況でした。このような中にあって佐々木は、これを正すためには同業者の組織を結成して自覚を高める以外、ほかに方法はないと考え、大正十五年四月には、郡内の家畜商百三十名に呼びかけて紫波郡家畜商組合を設立するとともに、選ばれてその初代組合長となりました。時に三十三歳でしたが、これより彼は、紫波郡を軍馬中心の馬産地とするため、北海道の各地から種牡馬を計画的に導入することに努めました。
また、昭和二十年十一月には紫波郡産馬組合長に選ばれ、さらに同二十五年四月には紫波郡畜産農業協同組合を設立してその組合長となりましたが、これまで畜産経営者の中核であった軍用馬は終戦と同時に需要がストップとなったところから、これを役肉兼用の農耕馬生産に切替えるために努力するとともに、家畜市場の定期的な開設、家畜コンクールの開催、蓄力利用の奨励などをとおして、農業経営の改善と畜産振興に大きく寄与されました。
このようなことから、その功績が認められて昭和二十年には農林省馬政局長賞、同二十六年には日本家畜商協会長賞の栄に浴しましたが、さらに同五十年には勲五等に叙せられて瑞宝章を授与されました。
 

---佐藤 正雄(故人)---

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