ふるさと物語 189 『教育をする人々(6)』 近代人物脈 (68)

「ふるさと物語」【189】〈昭和55年4月10日発行「広報しわ」(第297)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。また、 掲載記事の無断転載を固く禁じます。

『教育をする人々(6)』 近代人物脈 (68)

宝木長次郎(明治二一~昭和四七)は稲藤の人。明治四十五年に岩手県師範学校を卒業。それより仁王・水分両小学校訓導を経て、大正七年には古舘小学校長に補せられ、次いで不動・煙山両小学校長を歴任し、昭和二十一年に退職されました。この間に、高等官五等待遇とされ、従六位勲六等に叙せられて瑞宝章を授与されています。
藤尾寿治(明治二二~昭和二九)は宮手の出身。明治四十五年に岩手県師範学校を卒業後、飯岡・片寄・乙部・長岡各小学校の訓導を勤めて、大正十二年には星山小学校に補せられました。それより古舘・佐比内両小学校長となり、昭和十四年に退職しておられます。
竹内次郎(明治二三~昭和五〇)は北日詰の人。明治四三年に岩手県師範学校本科二部を卒業してから、矢沢(稗貫)・長岡両小学校訓導を経て、大正七年には佐比内小学校長に任用され、次いで浄法寺(二戸)・荒谷(同)・石切所(同)・見前・日詰・久慈の各小学校長を歴任しましたが、この間に、高等官四等をもって待遇され、正六位勲六等に叙せられて瑞宝章を授与されています。昭和二十一年に退職されました。
籏福六太郎(明治二四~昭和三九)は日詰の出身。明治四十五年に岩手県師範学校本科二部を卒業後、津軽石(下閉伊)・山田(同)・大船渡(気仙)・見前の各小学校訓導を経て、大正十二年には佐比内小学校長に補せられました。それより、彦部・長岡・大萱生・鵜飼(岩手)の各小学校長を勤務して、昭和二十一年に退職しておられます。この間に、高等官六等待遇となり、正七位勲七等に叙せられて瑞宝章を授与されました。後に、盛岡へ移住しています。
石杜辰郎(明治二五~昭和四二)は佐比内の人。大正四年に岩手県師範学校を卒業すると古舘小学校訓導に補せられ、次いで昭和四年には佐比内小学校に任用されました。その後、古舘・北股(胆沢)・大萱生・佐比内(再)の各小学校を歴任し、昭和二十一年に退職されました。この間に、高等官六等をもって待遇され、従七位に叙せられています。なお、教育委員会制の発足と共に佐比内村の教育長に就任しました。

 


---佐藤 正雄(故人)---

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