ふるさと物語 11 紫波五山

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。

「ふるさと物語(11)」〈昭和38年2月5日発行「広報しわ」(第91号)掲載〉

紫波五山

鎌倉時代から室町時代にかけて本町には大きな寺が五つあった。高水寺・新山寺・本誓寺・源勝寺・大荘厳寺がそれである。
〔高水寺〕城山(二日町)の片山にあったと伝えられている古い寺で、志波城がつくられた頃にたてられたものらしい。頼朝が陣が岡へきた頃には称徳天皇がまつったといわれる高さ一丈(三メートル)の観音さまがあったし坊さんの住む建物もたくさんあったようである。
二日町・十日市などの地名は、この寺の門前近くで、二とか十の日をきめて市日をひらいたところから起こったものであろう。志和稲荷前から流れてくる高水寺ぜきは、この寺の坊さんが開いたものだといわれている。
〔本誓寺〕彦部にあった七百五十年ばかり前に、是信という坊さんが開いた寺である。是信は始め吉田大納言信明といって京都のくげさんであったが、のちに親鸞の弟子となり二十四人の高弟の一人に教えられた人である。彦部の橋本氏(屋号ごあん)は、是信についてきた橋本左内という人の子孫であると伝えられている。
〔源勝寺〕土舘にあって、高水寺城主である斯波氏のぼだい寺であったといわれる。今の寺屋敷といわれるところがその跡であろう。
〔大荘厳寺〕南日詰の五郎沼附近にあったらしい。初代の坊さんは斯波氏についてきたといわれるから、鎌倉時代の中頃に開かれた寺であろう。五郎沼の近くには十基ほどの古い石碑があるが、中には正和・元享・延文などの年号の入ったものもある。いずれもこの寺と関係のあるものに違いない。
−−佐藤 正雄(故人)−−−

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