ふるさと物語 14 斯波御所(その二)

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。

「ふるさと物語」〈昭和38年7月5日発行「広報しわ」(第96号)〉

斯波御所(その二)

四一〇年程前の頃になるとその勢力は岩手郡の南半から雫石方面にまで及ぶようになり、斯波御所の二男は雫石城に、三男は大田の猪去城に配置されている。
この斯波氏の北進政策に対して三戸の南部氏は北上平野への南進政策に出たため、厨川平野から紫波郡の北部において両者の合戦となる。この戦に斯波氏は敗れ、稗貫大和の守の仲裁によって見る前以北を南部氏へゆずり、南部氏の支族九戸政実の弟弥五郎を婿養子として一応仲直りをしたが、弥五郎はまもなく養父との間に不和を生じて斯波家を去ったので、再び両者の対立がはげしくなった。
天正十六年(一五八八)には斯波氏の家臣石清水右京が反乱するという事件がおこった。斯波氏の軍勢三百余騎は石清水舘の攻撃に向ったが、このため高水寺城の守備は手うすとなった。この虚をついた南部方は軍勢を陣が岡に進め、ここを本陣として高水寺城の攻略に出た。斯波氏は城を捨てて志和稲荷別当成就院に忍び、さらに山王海へ亡命した。この頃のことを記した野史によると、斯波氏の家臣として山王海・稲藤・片寄・簗田・鱒沢・宮手・松本・小屋敷・伝法寺・日詰・十日市・長岡・栃内・大巻・江柄・堀切等の諸氏の名が知られる。
−−佐藤 正雄(故人)−−−

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