ふるさと物語 29 火ぼどの座

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。

「ふるさと物語」【29】〈昭和40年8月10日発行「広報しわ」(第121号)〉

火ぼどの座

農家の火ぼども、今では次第に姿をけしつつある存在である。やがてこのことばも過去のものになるであろう。
ところでこの火ぼどにはよこざ・ひつぎ・かかざ・きのしり・きゃくざ等の名称でよばれる座席があり、そこには厳として犯すべからざる席次がきめられていた。第一位は正面のよこざであるが、ここのその家の主人公の座であり、余人のすわることを許されない座である。町から来た嫁が、うっかりそこに座ったために離縁を申し渡されたという恐ろしい座であり、客人でさえもここにすわると米三俵を出さなければならないという高価な座である。発火器の未熟な大昔にあっては、火種を絶やさないようにすることが生活の必須条件であった。このことから火をつぐことは家を継ぐことを意味するようになった。即ち火つぎとは長男の義であり、皇太子を「あまつひつぎ」というのもこれ故である。第三はかかざである。これはいうまでもなくかかどの(主婦)の座であるが別にへらざとも称した。へらと鍋と米びつの三つは主婦にとっては三種の神器に相当するもので、主婦以外には勝手に手をふれることが許されない存在であった。分けてもへらを握ることは家族に対する飯の配給権を握ることであるから、主婦にとってはこの上もない武器であった。もし嫁が憎いとなれば、この武器をつかって十分に食糧攻めをすることもできたわけである。第四はきのしりである。よこざ・ひつぎ・かかざが指定席であるのに対し、ここは二三男以下使用人に至るまでの自由席であり、これら多数の者共がかわるがわる手をあぶる場である。
火ぼどの座は封建社会の縮図である。これが姿をけし忘れられていくところに移り変わっていく時代の流れがはっきり感じられる。
--佐藤 正雄(故人)---

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