ふるさと物語 163 『文化を振興する人々-野村長一(続き)ー』 近代人物脈 (42)/紫波町

「ふるさと物語」【163】〈昭和53年2月10日発行「広報しわ」(第271)〉

「広報しわ」に掲載された記事を原文のまま転載する形式により、紫波町の歴史や人物について読み物風に紹介しています。
(第1回昭和37年3月号から第201回昭和56年4月5日号まで掲載)
そのため、現在においては不適切とされる表現や歴史認識がある場合がありますのでご了承願います。また、 掲載記事の無断転載を固く禁じます。

『文化を振興する人々-野村長一(続き)ー』 近代人物脈 (42)

胡堂(長一)の生んだ「銭形平次」は庶民の偶像として一世を風びし、「オール読物」に二十七年間にわたって連載されるという空前の長期読物となりました。そして、長・中・短編合わせて実に三百八十三話の多きにおよびましたが、よく材料も続いたものだと驚くほかありません。
「オール読物」に連載中は、締め切り二日前にハナ夫人を伴って伊豆の伊東に行き、旅館で書き上げるのが常でしたが、原稿用紙は必ず五十枚分をたずさえ、一枚のホゴも出さずに四十七枚半の割当てをキチンと仕上げとおしたといわれます。
それでは、おなじみの「銭形平次捕物控」はどのような心で書かれたものでしょうか。これについて胡堂は、「人をしばらぬ捕物小説、血なまぐさくない探偵小説、あとくちのよい小説、江戸文化に打込んだ軽快なしゃれっ気分、女を愛し抜いた心持、そういったものを私は書きたい心持だったのである。やがて、私はワキ役に八五郎を発見した。気軽でまめで、しゃれが好きで、ほれっぽくて、少しもこだわらない八五郎は、私のつき合った新聞記者にもたくさんある」といっておられます。また、「平次の心」という一文には、「平次が追求するのは、人間としての善意の有無である。事件の動機に立入って、偽善者と不義を罰し、善意の下手人は逃してやる。<法のユートピア>と言ってよい。こんな理想境は、マゲモノの世界の中に打ち立てるよりほかない」という一節があります。胡堂の心髄のほどがうかがわれましょう。
胡堂は、「あらえびす」の名で音楽評論家としても著名であり、収集するレコードは一万枚にものぼっています。また、古川柳や浮世絵の研究にも造詣が深く、俳句や短歌にも長じておられました。
昭和三十二年には菊池寛賞、同三十五年には紫綬褒章を受けられました。同三十四年、紫波町では名誉町民に推挙しました。また、三十八年二月には、本町の新庁舎落成記念として「胡堂文庫」(五百冊)とその運営基金二百万円を本町に寄付されましたが、この年の四月、八十歳でなくなられました。学術の発展に貢献された功によって、従四位勲三等に叙せられ瑞宝賞を授与されました。

---佐藤 正雄(故人)---

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